檜枝岐讃歌 その4 ほんとうの空

ミニ尾瀬公園の向かいの山並み。いまごろは新緑が芽吹いているに違いない。



私は2年前の夏休みに家族四人で尾瀬に遊びに来て、檜枝岐村に初めて宿泊した。食べ物が美味しい、安い、民宿の豊富な温泉に大変感激した。今度の旅が待ち遠しかったのも、そんな思い出が蘇るからでもある。

宿では特産のサンショウウオなる天ぷらを食しました。檜枝岐村の特産とあらば、食さねばなりませぬ。いざという場合に備えてビール大瓶を注文しました。一口では食いきれませぬ。少し怖い思いをしたが、そこは民宿のよいところ。一緒に夕食を愉しむ客人から「イメージしちゃ駄目だよ」と励まされ、おいしく飲み込んだしだい。

檜枝岐讃歌 その3 幻想・檜枝岐歌舞伎

大雨の中、村の歌舞伎が始まるのを待った。



今回の旅のクライマックスは檜枝岐歌舞伎の観劇であった。5月12日と8月18日と9月の第1土曜日に開催されるという。5月12日のこの宵は、「奥州安達ヶ原 袖萩祭文の段」という演し物でした。

宿で5時には夕食をすませ、いそいそと6時開場の舞台へ向かった。午前はあんなに晴れていたのに、予報通りの雨が来た。それでも必死の姿で舞台を見通した。傘を持つ手で拍手ができない。誰かが言ってた。雨音が拍手だよって。

檜枝岐讃歌 その2 遠藤千晶氏

尾瀬書美術館のオープンを祝い、丹治氏を讃える音色を奏でた遠藤千晶氏



同乗の遠藤千晶さんは生田流箏曲演奏家である。福島市出身で福島県しゃくなげ大使です。檜枝岐への道中は雨で景色がもやるなか、聞き上手・チャーミングな千晶さんとの会話も弾んで、あっという間の4時間あまりでした。

旅は道連れ世は情けといいますが、しみじみ実感したものです。

箏の調べはとてもいいものでした。檜枝岐村の東雲館という会場は、5月新緑と山桜のピンクが美しい急斜面の借景が素晴らしかった。

檜枝岐讃歌 その1


尾瀬行き檜枝岐滞在に、また楽しみが増した尾瀬書美術館のオープン



先週、昨年から制作中の『瑠璃帖』丹治思郷著(A5判・203頁・並製本クータバインディング)が出来て、納品と、尾瀬書美術館(思郷館)オープンの手伝いで、福島県は南会津郡檜枝岐村に旅した。

福島から檜枝岐村まで東北道をつかっても約4時間かかる。長距離運転は眠くなるのがとてもこわい。そしたら、なんと同乗者があるとわかり、それが箏曲演奏家の遠藤千晶氏だという。「箏」ってかなり長いはず。乗用車に載るのだろうか?楽器を無事に運べるのか?載せられそうな社用車はたしかタバコ臭かったし・・何よりアーティストと会話できるのか?という心配をしたが、杞憂であった。福島から檜枝岐村まで、あっという間だった。

菜の花と わすれな草と

つぼみ堅いわすれな草



愛媛のH氏から菜の花一枝が栞代わりになって、また新鮮な愛媛の野菜が届いた。まだしずくが付いているような葉物やらが、クール宅急便で届いた。当地福島でももちろん、県外の野菜は手に入る。いろいろな意味を含んでも、そして意味を超えて、嬉しく有り難くみんなで頂いて帰った。

最初の鉢植えの写真はつぼみのわすれな草だ。露地でガーデニングを楽しむ上司が昨日持ってきてくれたもの。家に持ち帰るのを忘れてた。花言葉は「私を忘れないで」という他に「真実の友情」「誠の愛」とある。我が家の露地の世話は子どものおばあちゃんの独壇場だけど、いずれは私も露地の花とたわむれたいものだ。

愛媛の土の香りを感じた



愛媛のH氏はいま本の出版計画中のひとである。わたしはまだつぼみ堅いわすれな草を見ながら、友情を感じた。

ところで、私が昨日お持ち帰りしたのはニンジンです。あし?が3つに分かれてて、空いたところにちっちゃいのが詰めてある。わたしはコレシカナイ!と思いつめて、頂いて帰った。新鮮で美味しそう。

ヨシダ家にもらわれたニンジン



私の家はじいちゃんが、米も、桃も、プラムも、野菜も、ほぼ一人でつくっている。冬はばあちゃんとあんぽ柿をやる。わたしもダンナも勤めがあって手伝わないが、もくもくと田んぼと畑をやっている。今回の原発問題で作付け可能かどうかの判断を待っていたとき、作付けできないということは、じいちゃんの手足もがれることだと気づいた。

来週、福島民報社から『M9.0東日本大震災ふくしまの30日』が発刊される。一人でも多くのみんなに手にとってもらいたい。復興は始まっているとは言え、私たちは見えないベールに覆い尽くされ、重苦しい毎日だ。     /ヨシダ